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環境分析化学研究室(上野研)

活動報告

佐賀大学農学部 環境
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2014年01月02日 マラチオンを適度に怖がる

冷凍食品から農薬(マラチオン)が検出された事件について、解説および食品安全に関する試算をしました。

2013年12月29日前後から報道されはじめた(実際は11月頃から農薬が検出されていたようですが)、マルハニチロホールディングスの子会社が製造した冷凍食品の一部から農薬(マラチオン)が検出された問題についてのページです。農学部としては食品安全に関して「適度に怖がるための情報」を提供することが責務であると考え、各人が自ら判断するための基礎情報をまとめることを目的としました。ここでは冷凍食品から検出されたマラチオンの毒性について計算していきます。

今回の事件は年末の冬休み中に報道されたため、ちょうど食品安全と毒性の計算について解説していた講義“環境汚染化学”の履修者には、臨時レポートとして実際の事件で報道されているデータをもちいて毒性値を計算してもらいました(締め切:り2013年12月31日)。このページはそのときに研究室フェースブックを利用してヒントや解答を時系列的にコメントした内容をまとめなおしたものです。

追記:新たにわかった事実をもとに、コメントや計算等を修正していますのでご了承ください。

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目次

1. 事件と農薬(マラチオン)について

2. 農薬(マラチオン)の投入方法についての推察

3. 冷凍食品に含まれるマラチオンの毒性計算

4. マラチオン以外の毒性物質の可能性について

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2013年12月30日18:23時点

1.事件と農薬(マラチオン)について

・事件の概要

冷凍食品から農薬マラチオンが検出された件が先日より報道されています。報道では「小麦粉は輸入品で残留農薬の可能性も否定できない」とあります。

しかし検出されたマラチオン濃度が15,000ppm(1.5%)という超高濃度ですので、”誤って混入”するようなレベルではありません。年末のかき入れ時を狙って”故意に投入”されたものだと考えられます。 以下、濃度が明記されていたので毎日新聞を引用します。 (2013年12月30日18:23時点)

佐賀大学農学部 マルハニチロ 冷凍食品 農薬 毒性試算 マラチオンの毒性低い
毎日新聞2013年12月29日

自主回収対象とされている冷凍食品も公開されています。

佐賀大学農学部 マルハニチロ 冷凍食品 農薬 毒性試算 マラチオンの毒性低い
毎日新聞2013年12月29日

 

・農薬(マラチオン)について

  ”マラチオン”と”マラソン”の違い: マラチオン”とは純粋な化学物質の名前で、一般的には販売していません(試薬会社などでは1gで3万円くらい)。マラチオンは有機リン系殺虫剤でアブラムシやダニ対策で使用されています。 しかし一般的に殺虫剤として使用する場合には純粋なマラチオンでは扱いが難しいため、有機溶剤で溶解したり、水で希釈し易くするために界面活性剤を添加したりなどして、”マラソン乳剤”などの商品名で販売されています(日本農薬:マラソン乳剤)。たとえば、マラソン乳剤はホームセンターで普通に買うことができます(100mlで500円くらい

佐賀大学農学部 マルハニチロ 冷凍食品 農薬 毒性試算 マラチオンの毒性低い
マラソン乳剤(日本農薬)

  一般的な使用頻度: 農薬としてのマラチオンについては、近年では国内の生産現場での使用は少なく野菜からもあまり検出されませんが、輸入品からの検出率は若干高めです(検出率0.9%、最高濃度0.9ppm:厚生労働省(食品中の残留農薬検査結果)。一方で、一般家庭の園芸用によく使用されており、ホームセンターで普通に買うことができます

  臭気について: 化学物質純品マラチオンは特有の臭いがあるといわれますが、製品としてのマラソン乳剤などではマラチオンを溶かすために使っている有機溶媒(キシレンとエチルベンゼン:”油性マジック”や”灯油”の臭いに近い)の臭いが優先しています。またキシレンやエチルベンゼンは揮発性なので、マラチオンと比較して臭いとして感じやすいと言えます。よって、以下で説明する投入量くらいでは、かなり慣れていないとマラチオンそのものの臭いを感じることは難しいと思います。

 

・マラチオンが”基準を260万倍超過”の意味について

ところで、冷凍食品から検出されたマラチオン濃度について、”基準を260万倍超過”をいうセンセーショナルな報道がされています(例:朝日新聞:2014年1月7日)。なんとなくスゴイ高濃度で危険な雰囲気を醸し出していますが、そもそもこの”基準”とはなにか、ということを考える必要があると思いまとめてみました。

通常、野菜等での残留農薬については、物質と作物ごとに残留農薬基準値が設定されています。マラチオンの場合は比較的毒性が低い物質ですので、例として、もっともたくさん食べる食品に対してもっとも厳しい0.1ppm(米など)が適用され、あまりたくさん食べないだろう食品にはユルい8.0ppm(らっかせい等)が設定されています。ちなみに、たくさんたべますがポストハーベストの関係でユルく設定されている8.0ppm(小麦)などもあります(食品衛生法:マラチオン)。

そして個別の基準が設定されていない食品については一律基準である0.01ppmが適用されます。これは過去に問題となった基準の無い食品は無規制という状況に対応するため、基準が設定されていない食品の場合はもっとも厳しい状況を当てはめる、という考え方で設定されたものです。0.01ppmは残留農薬分析で濃度を出すにしてもかなり難しいくらいの厳しい基準です。

厚生労働大臣の定める量(一律基準): 0.01ppm
食品衛生法:残留農薬等ポジティブリスト制度について

今回の”冷凍食品”についてはマラチオンに関する個別の基準が(当然ですが)設定されていないためこの一律基準の0.01ppmが適用されます。この冷凍食品中のマラチオンに当てはめられた一律基準値0.01ppmは、上記のマラチオンの基準としてもっとも厳しい、毎日たべると想定されている米0.1ppmより10倍厳しい値となります。冷凍食品を米よりたくさん食べることはほぼ考えられませんが、法律的にはそういうことになります。

なにが言いたいかというと、今回のような急性毒性による食中毒が問題となっている状況で、その評価としてもっとも厳しい値である一律基準と比較して、2万6千ppmの濃度を260万倍超過と表記するのは、事実ではありますが、なんとなく危険な雰囲気をあおるばかりであまり意味が無いのでは、ということです。

もし分かり易く”○○倍”という表現をとるなら、本ページ下部で推算しているような”最高濃度の食品を食べた場合は”ARfDを○倍超過”と表記する方が意味のある情報になるのではと考えています。

 

・マラチオンの毒性について

→具体的な冷凍食品の毒性については”3.冷凍食品に含まれるマラチオンの毒性計算”を御参照ください。

マラチオンの毒性はそれほど強くはなく、販売されているマラソン乳剤は”普通物”です。単品のマラチオンの毒性は食品安全委員会(マラチオンの毒性)で報告されています。

2014年6月:2014年5月に食品安全委員会からマラチオン農薬評価書が公開されました。かなり詳細に毒性が評価されています。

 ・急性参照容量(ARfD)注1: 2mg/kg体重/日
                   (体重20kgの子供なら40mg)

 ・1日許容摂取量(ADI)注2: 0.3mg/kg体重/日
                   (体重20kgの子供なら6mg)

マラチオンの軽度の中毒症状としては、有機リン系農薬の一般症状として、吐き気や下痢、腹痛、唾液や汗の過剰分泌などがみられます。

また妊娠中の被害者の方におかれましては、大変なご心配があると存じます。妊娠中の胎児に対する毒性については、食品安全委員会のマラチオン農薬評価書に詳しくまとめられています。妊娠ラット等をもちいた発生毒性や繁殖試験の結果としては、かなり高レベルでの投与実験でも影響がみられていません。マラチオンは基本的に胎児に対する特異的な毒性は無い(またはかなり弱い)と考えられます。

注1: ARfD (急性参照用量)は24 時間またはそれより短時間 に経口摂取しても、健康に悪 影響が生じないと推定される量です。動物とヒト との差や、個人差(子供や妊婦などへの影 響を含めて)を考慮して設定されています。

注2: ADI ( 1 日摂取許容量)は、 一生涯 食べ続けても健康に悪影響が生じないと推定される量です。 動物試験の結果をもとに、動物とヒト との差や、個人差(子供や妊婦などへの影響を含めて)を考慮して設定されています。

ちなみに、餃子に農薬が混入した事件で使用されたメタミドフォスと比較してみます。以下の通り、今回のマラチオンのARfD:2mg/kg体重と比較してメタミドフォスは約1000倍の強さがあります。メタミドフォスの事件では健康被害が報告されていますが、それと比較するとマラチオンの毒性はかなり弱いことがわかります。

  ・メタミドフォスのARfD:  0.003mg/kg体重/日
                   (食品安全委員会:メタミドフォス

 

またマラチオンの半数致死量(LD50)は以下の通り報告されています。(LD50の根拠が不明瞭であったため修正しました:2014年1月7日)

 ・半数致死量(LD50)注3:
    1390mg/kgラット体重(中労防)(体重20kgの子供なら約28g)

    1,000~10,000mg/kg体重(農林水産消費安全技術センター

注3: LD50は致死量なので、食中毒に対する指標としてはあまり利用しません。一般的にLD50が300mg/kg体重以上の物質は”普通物”とよばれます。

ちなみに、コーヒーの成分で有名なカフェインの半数致死量(LD50)は261mg/kgラット体重関東化学)と報告されています(体重20kgの子供なら約5g)。マラチオンとカフェインでは作用機序が異なるので直接的な比較はできませんが、致死量という面だけで比較するとマラチオンよりもカフェインの方が毒性が約5倍強いということになります。カフェインの毒性については、食品安全委員会で分かり易くまとめられています(食品安全委員会)。

したがって、冷凍食品の危険性の問題としてはマラチオンの毒性そのものだけでなく、”何g食べたか?”という部分が重要となってきます。その部分を、以下の”3.冷凍食品に含まれるマラチオンの毒性計算”で試算します。

補足1:マラチオンの代謝物について
マラチオンの毒性については、分解代謝物マラオキソンの毒性も問題になります。しかし毒性について不明な部分が多く、また冷凍食品中の濃度についてもここで詳細な議論ができるほどの情報が得られません。冷凍食品中では紫外線や微生物による急激な分解が起きることは少ないと考えられるため(調理の加熱により分解する可能性もありますが詳細は不明)、ここではマラチオンそのものの経口摂取を考えます。(追記:2014年1月7日)

補足2:健康被害との因果関係について:
今回の問題となった冷凍食品との関連が疑われる健康被害がかなり増えています。被害にあわれた方におかれましては誠にお気の毒ではありますが、新聞でも報道されているとおり、このような事件での因果関係の証明は非常に難しいと言うのが通例です。今回のマラチオンは有機リン系農薬ですので、特徴的な毒性影響としてアセチルコリンエステラーゼ活性阻害があげられます。もし今回の食中毒の影響に関して因果関係を追求するのであれば、今のうちに被害者の方の血液を採取しアセチルコリンエステラーゼ活性を測定しておく、という必要があります。しかしながら、11月頃に被害にあっている方もおられ、時間が経過した場合にはその測定も難しくなります。また検査ができる病院が限られていることや、費用のことなど、問題はいろいろとあります。このままいくと、被害に関する因果関係の立証は難しくなると思います。

 

 

2.農薬(マラチオン)の投入方法についての推察

・冷凍食品から検出された濃度について

(2013年12月30日18:23時点)

今回のマラチオンを含む殺虫剤としてよく利用されるマラソン乳剤(商品名)は、濃度50%溶液が500ml入りで一般に市販されています(日本農薬:マラソン乳剤)。

通常の野菜などの生産現場では、1000~2000倍に希釈して使用します。日本の農家さんはかなりきっちりと希釈して使用していまので、多少の希釈誤差があったとしても、いくら条件が重なって多めに残留したとしても、作物に残留する濃度が今回のような高濃度にはなりません。

また輸入品の小麦に残留農薬として若干高濃度で入っている可能性もありますが(厚生労働省(食品中の残留農薬検査結果)、それにしても使用する材料の量から考えても調理後の製品にここまで高濃度になるはずはありません。

冷凍食品に混入した濃度から推察するに、犯人が農薬を故意に投入したとしか考えられません。もし犯人が故意に混入させるとなれば、以下の様な方法が考えられます。ここではわかりやすく、最高濃度が検出された”コロッケ”で話を進めます。

 

 

・想定される農薬の投入方法について考えてみました

2014年1月9日現在、”投入方法3”が有力になってきました。

投入方法1:コロッケ原料約20kgに、市販マラソン剤”1瓶(500ml)”をドボドボと投入する方法。同じ釜から製造されたロット全体のコロッケが約1.3%のマラチオン濃度になり、今回の混入事件と同じくらいの濃度になります。この場合は同じ釜で製造されたコロッケ(同一ロット)は、方法2と比較して均一な濃度になると想像されます。またマラチオン製剤中の有機溶剤(キシレンなど)の影響で石油臭くなると思いますが、製造工程で高温になる(煮たり油で揚げたりする)と有機溶媒は揮発しますので、方法2に比較して石油臭さは少なくなると思います。

投入方法2:パック済み製品のコロッケ1個(約100g→1個約20gとわかりましたので訂正しました:とろ〜りコーンクリームコロッケ)にマラチオン0.3g分、市販マラソン剤として”約0.6ml(小さじ軽~く1杯くらい:小さじ満杯で約2~3ml)”をパッキングまえに振りかける、またはパッキング後に注射器などの針で穴を開け注入する方法。注入されたコロッケ1個が約1.5%のマラチオン濃度になり、今回の混入事件と同じくらいの濃度になります。この場合は、同じパックの製品でも、マラチオンが注入されたものと、されなかったもので大きな濃度差がでるはずです。こちらもマラチオン製剤中の有機溶剤(キシレンなど)の影響でかなり石油臭くなると思います。方法1と比較して、コロッケ製造工程での加熱が少ないため(パック後の投入)、石油臭さは残りやすいと想像できます。とはいえ、キシレンなどの溶媒は冷凍条件でもどんどん揮発していくので、比較的古くなった食品については石油臭さは無くなっているかもしれません。その点はご注意を。

追記:2014年1月7日
2013年11月ころから異臭クレームが出ていたこと(朝日新聞2013年12月29日)、製品ごとに製造ラインは仕切られていること、3種のラインの製品から農薬が検出されていること、製品は一つの部屋で包装されていること、問題の商品の包装には不自然な形跡はないこと(毎日新聞2014年01月03日)、コロッケの衣から26,000ppm、中身から4,000ppmのマラチオンが検出されたこと(産経新聞2014年1月7日)などが報道されています。農薬濃度が衣で高く、中身で低いことから、犯人が製造後にコロッケの衣の上からかけた説が有力となってきました。そこで新たな投入方法3を考察しました。

 

投入方法3: 包装用ラインに出入りできる人物が、化粧品などにつかう小型スプレー(霧吹き?)のような容器(リンクはイメージです)に入れた農薬を下着に隠して侵入し、包装前の製品にかける方法です。これまでの最高濃度であるコロッケ全体で15,000ppmになるためには、マラソン乳剤にして約0.6mlが必要です。犯人が小さじ軽く1杯分くらい(小型霧吹きを2~3吹きくらい)をコロッケの上からかけたことが推察されます。マラソン乳剤は”乳剤”と書かれていますが、実際の製剤はサラサラとした有機溶媒そのものですので、霧吹きでも十分に投入できます。くわえて、検出されている時期を考えると、11月頃から何度も実行していたとも考えられ、内部の人間である可能性が濃厚であるといえます。

もし犯人がマラチオンの毒性が低いことをわかって使ったのであれば、なかなかスルドイと思います。すなわち、殺虫剤という恐ろしいイメージを利用して風評被害による会社のダメージを狙うが、実際にはほとんど被害者を出さない、という戦略をとったと深読みできるからです。しかし現時点でも、ここで投入された物質がマラチオンだけなのか?別な物質が投入されたことは無いのか?という疑問はつきまとっています。これは犯人がなにを目的としているのか、ということによると言えます。風評被害を起こす目的であればマラチオンだけで十分ですが、健康被害をあたえることを目的とするなら別の物質を加えることもあり得ると考えられます。

 

 

3.冷凍食品に含まれるマラチオンの毒性計算

・計算の意義について

今回のような食品汚染事件が発生した場合、化学物質にどの程度の毒性があるのか危険性を客観的に把握することは、むやみにパニック状態にならず適度に怖がるためには重要なことです。今回の農薬の毒性を、先日の講義の内容に即して急性参照用量(ARfD)を計算してみます。計算の条件は以下の通りです。

今回の毒性値として食品安全委員会から引用しているARfD(上記参照)ですが、工場側からは「事件当初、ARfDの知識がなかった、お詫びする」とのコメントがでてきているようです。農学部の卒業生は食品の衛生管理を担当することも多いようです。学生さんはぜひ、今のうちに基礎を習得してください。

 

・計算の解答と解説について

今回は最悪の状況を想定するという意味で、最高濃度のコロッケ1個を食べたと仮定して毒性値を計算します。

計算の結果、急性参照用量 (ARfD:短時間の経口摂取により健康に悪影響を示さないと推定される一日当たりの摂取量)を約8倍超過することになります(詳細は以下参照→コロッケ1個の重量を修正したため超過率も修正しました:2014年1月7日)。 また問題と なった”半数致死量LD50”で計算すると、0.01程度で超過していません(食中毒事件で致死量と比較してもあまり意味はありませんが)。

結果の解釈としては、ARfDを若干超過してはいるものの、ARfDかなり安全係数を掛けて出された値であること、高濃度食品はごく一部であること(他の食品の濃度はもっと低いことが報道されている)、実際に高濃度で含まれた食品は臭 くて飲み込めないことなどを考えると、冷凍食品を食べた直後に急性毒性的な健康被害があった、またはその前後に関連する冷凍食品を毎日食べていた、ということがなければ、

急性毒性的な健康被害を心配するレベルでは無い

と結論づけられます。

追記:2014年1月7日現在
冷凍食品による健康被害が報告されています。「心配するレベルでは無い」と報告しましたが、これはコロッケ1個を食べた場合、とくに臭いなどで汚染に気づいてはき出した場合を想定して計算しています。汚染されている食品を気づかずにたくさん食べれば、当然ですが毒性影響がでます”影響 = 毒性 x 摂取量” だからです。

上記の計算はARfDという24時間以内の急性毒性に関する判断ですので、毎日食べ続けるとなるとADI(1日許容摂取量)をもちいた評価が必要となり話は違いますのでご注意を

加えて、この種の化学物質に対してとくに感受性の高い方(化学物質過敏症など)もいらっしゃいます。そのような方の場合はこのレベル以下の摂取でも発症する可能性もありますので注意が必要です。

当然ですが、このような食品汚染はあってはならないことですし、もし故意の犯人がいる事件であれば刑事的に厳重な対応が必要となります。しかし「食品としての急性毒性」だけに着目すれば、必要以上に神経質になる必要はないといえそうです。今回の食品汚染では”石油臭さ”が報告されていますので、”あれ?なんか臭いな?”と思った場合にはその直感を大切にすることが重要かもしれません。

ところで、もしマラチオン以外の物質が加えられていれば、上記のマラチオンに関する毒性計算とは別の試算が必要となります。

その例として、餃子に農薬(メタミドフォス)が混入した事件では健康被害がでているので、それとの比較もしてみます。メタミドフォスの毒性値ARfDは 0.003mg/kg体重(食品安全委員会:メタミドフォス)であり、今回のマラチオンのARfD:2mg/kg体重と比較して約1000倍の強さがあります。メタミドフォス汚染ギョウザ(3600ppm)を1個食べたと仮定して毒性値を計算すると、ARfDを1700倍超過していることになります。それと比べると、今回の食品中マラチオンの毒性はかなり低いと言えます。

以下は冷凍食品中マラチオンの毒性に関する具体的な計算式。

----具体的な計算について------------------------------

計算の条件

・冷凍食品(冷凍コロッケ)から検出された農薬濃度: 15,000 ppm
・農薬(マラチオン)の毒性(急性参照容量:ARfD): 2 mg/kg体重
・農薬(マラチオン)の毒性(半数致死量:LD50): 1400 mg/kg体重
・食べた冷凍食品の量: 100 gと仮定→1個約20g(176gで8個入り)とわかりましたので訂正しました:とろ〜りコーンクリームコロッケ
・子供の体重: 20 kgと仮定

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ARfDの計算

式a 
コロッケ1個(100g → 20g中)に含まれるマラチオンの量は
ppmはmg/kgに置き換えて、
15,000 mgマラチオン/kgコロッケ x 0.02 kg(コロッケ)
= 300 mg マラチオン(コロッケ中)

式b 
体重20kgの子供のマラチオンに対するARfDは
2 mgマラチオン/kg体重(ARfD) x 20 kg体重(子供) 
= 40 mgマラチオン(ARfD)

式aを式bで除すると
300 mgマラチオン(コロッケ中) ÷ 40 mgマラチオン(ARfD) 
= 7.5

最高濃度の冷凍コロッケを1個食べると
ARfDを__約8___倍超過する

ARfDに関する考察
ARfDを超過はしているが、ARfDはかなりの安全係数を掛けて出された値であること、高濃度食品はごく一部であること(他の食品の濃度はもっと低いことが報道されている)、実際は臭くて飲み込めないことなどを考えると、今回のマラチオンによる毒性は健康なヒトにとっては直接的な健康被害を心配するレベルでは無いと結論づけられる。一方で、この種の物質に敏感な方や、汚染されている食品を気づかずにたくさん食べた場合は、毒性影響がでる場合もあり、注意が必要であろう

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LD50の計算

式c 
体重20kgの子供のマラチオンに対するLD50は
1400 mgマラチオン/kg体重 x 20 kg体重 
= 28,000 mg

式aを式cで除すると
300 mgマラチオン(コロッケ中) ÷ 28,000 mgマラチオン(LD50) 
= 0.011

最高濃度の冷凍コロッケを1個食べると
LD50の__約0.01__倍であり、超過していない。

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4. マラチオン以外の物質の可能性について

・ところで本当にマラチオンだけなのか?

今回の事件では、原因は”マラチオン”ということになっています。しかし本当にマラチオンだけなのでしょうか?ここのところ、因果関係は不明としながらも、健康被害の報告が増えています。もしマラチオンだけであれば、マラチオンは比較的毒性が低い物質ですので、ここまで健康被害が発生するとは考えにくいと言えます。被害者が増えている原因の一つとして、冷凍食品にマラチオン以外の毒性物質が添加されていた可能性も否定できません。そのことについて考察(深読み)します。

化学分析を専門にしている方であればすぐにわかることですが、”なにがはいっているかわからない冷凍食品”から、”問題となる物質を特定する”というのは非常に難しい作業です(私の研究テーマのひとつでもあります)。今回は「石油臭い」という苦情から処理がはじまったため、ペンキなどを想定しており、農薬マラチオンと特定するのに時間がかかったということですが、私としてはペンキからどのような操作を経てマラチオン検出にたどり着いたのか、というところに興味があります。一般的な農薬だけでも400種類くらいありますし、ペンキに関するような農薬以外の物質(工業用途)も含めると、ものすごい数の化学物質が対象となります。その中から特定の物質を探し出すというのは、かなり専門的な技術を要する化学分析になるからです(まさに研究対象です)。

そのような中ここでとりあげているのは、”マラチオンは不検出”となっている食品に”別な農薬(別な毒性物質)”が含まれているのではないか、と言う仮説です。犯人が複数回にわかってマラチオンを投入していたことが明らかとなっています。しかしなぜマラチオンを選んだのかという理由は明らかとされておらず、そのためマラチオンだけを使い続ける理由もありません。

よって、製造日が複数日にわたっているなかで、マラチオンが検出されていない製品がありますが、実はそこには別な農薬(または別な毒性物質)が投入されていた、という可能性は否定できません。健康被害をうけた方から回収した食品を分析して”マラチオンは不検出”と報告された場合にも、実は別な農薬(または別な毒性物質)が投入されていた、というケースです。その別な物質の影響で健康被害がでているが、検査としてはマラチオンしか対象にしていないため、その食品に投入された本当の有害物質は検出できていない、ということは十分にありうる話です。

上述したように、風評被害だけを狙って健康被害を望まないならマラチオンは適切な選択であると言えます。しかし、健康被害の報告が増えている現在、実は別の毒性物質も添加されていたという可能性を否定できません。というより、もし私がやるなら(やりませんが・・・)、農薬や他の・・・(犯行を助長する可能性があるので削除しました)。いずれにせよ、別の物質が添加されている可能性を考慮した化学分析も必要であると考えられます。

このような事件があると、必ず便乗事件が発生します。食品安全に携わる者として、これ以上に健康被害や風評被害がひろがらないことを祈るばかりです。

 

→2014年6月 「もし本当にマラチオン以外の物質が混入されていた場合の毒性」について追記します。私の見解としては、上記の毒性計算の考察と同様ですが、「食べたときに健康被害を感じた、またはその前後に関連する冷凍食品を毎日食べ続けていた」ということでなければ、もしマラチオン以外の物質が入っていたとしても、とくに気にする必要はないと考えています。

まず、マラチオン以外の物質が混入した可能性についてですが、今回の経緯を追っていくと私が勝手に深読みしたような計画性があったようには見えず、わざわざ別物質を混入させるような可能性はかなり低いと推察されます。またもし犯人が別な物質を混入させたとしても、マラチオンをホームセンターから購入したことからわかるように、マラチオン以外の物質をホームセンターで選んだのであれば、その物質が強毒性物質であるはずはありません(劇毒物は特別な管理が必要なのでホームセンターでは陳列されていませんので)。

つぎにもしマラチオン以外の物質が混入していた場合の毒性についてです。上述したとおり、「食べたときに健康被害を感じた、またはその前後に関連する冷凍食品を毎日食べ続けていた」ということでなければ、もしマラチオン以外の物質が入っていたとしても、とくに気にする必要はないと考えています(実際に被害に遭われた方におかれましては大変お気の毒でございました)。理由としてはこのような化学物質による毒性には、毒性計算の項目で解説したとおり、「閾値」があるからです。閾値とは、それぞれの物質がもつ毒性が発生するために最低必要な量です。1回だけの摂取で毒性が発生するのは、一度の大量摂取によって閾値を超える「急性毒性」です。一方で、1回だけの摂取で毒性が発生しないような低濃度で毒性が発生するのは、毎日かつ長期間の摂取を続けることで閾値を超える「慢性毒性」ということになります。

したがって、該当の冷凍食品を食べたときに健康被害がでる「急性毒性」を感じておらず、また「慢性毒性」の閾値を超すくらい該当の冷凍食品を毎日食べ続けた、ということでなければ、もしマラチオン以外の物質が入っていたとしてもその毒性は「閾値以下」ということで無視できると考えられます。

本項目は、食品汚染事件の”捜査のあり方”について、今後の取り組みに対する見解として記述したものです。このような事件が発生しないような工場側の体制を整えることが重要なのは当然として、発生してしまった場合に汚染物質を迅速に検出できるような危機管理体制の充実も今後の課題であるといえます。

本記事の解説が、各人が自ら判断し”正しく怖がる”、ための基礎情報としてお役に立ちましたら幸甚です。

 

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